名言にはもう少し出典を詳しく書いてほしい、という話

先日、ニーチェの以下の名言を英訳してほしいという依頼を受けました。

「人生は登ろうとする。登りながら自己を克服しようとするのである。」

自分は翻訳家ではないので、ニーチェの英語訳を参照しようと思って該当箇所を探したのですが、なかなか見つかりません。

ネットでこの文言を検索すると結構な数が出てくるのですが、出典の情報はわずかで、かろうじて「ツァラトゥストラはこう語った」の第二部に出てくることがわかるのみです。(原書の該当ページなどは出てくるのですが、自分の持っている版とは違うものだったり…)その後色々検索し、日本語訳も見てようやく該当部分を発見することができました。

そもそも名言の出典を探している人がどれほどいるのかはわかりませんが、みなさんが同じ苦労をすることのないように以下にまとめておきます!

◆人生は登ろうとする。登りながら自己を克服しようとするのである。

こちらは「ツァラトゥストラはこう語った」第二部、「毒ぐもタランテラ」の中に出てくる文です。岩波文庫の氷上訳だと、171ページが該当箇所です。

ドイツ語の原文だと「Steigen das Leben und steigend sich überwinden.」

英語に訳すと「Life wants to climb and to overcome itself climbing.」

自分は「毒ぐもタランテラ」を読んだことがあるくせにこの文の存在を思い出せませんでした…改めて読み返してみると、この章ではツァラストゥラが平等や正義を唱えるものを毒ぐもになぞらえ、その裏に復讐心が潜んでいることを批判しています。ツァラストゥラは不平等と争いの中で自己が高められていくことを以下のように説いています。

また、人間は平等になるべきでもない!かりに、私がそう言わないとすれば、わたしの超人への愛は、一体なんだろう?

人間は百千の大きな橋、小さな橋を渡って、未来に押し寄せて行くべきなのだ。こうしてますます多くの争いと不平等が、かれらのあいだに起こらなければならない。このことをわたしにあえて語らせるのは、わたしの大いなる愛である!

人間は相互の敵意の中で、様々な影像と幻影の発明者とならなければならない。そして、それぞれの影像と幻影をもって、いよいよはげしく敵対し、最高の戦いを戦わなければならない。

善悪、貧富、貴賎、その他もろもろの価値の名称。それらは武器であるべきなのだ。人生がたえず自己自身を克服して高まらなければならないことを示す戦場の標識であるべきなのだ。

人生そのものが、柱をたて、階段をつくって、自己自身を高く築きあげようとする。人生は、はるかな遠方を眺め、至福の美を望み見ようとする。ーそのために、人生は高みを必要とするのである。

高みを必要とするから、人生は階段を必要とし、階段とそれを登って行く者の相克を必要とする。人生は登ろうとする。登りながら自己を克服しようとするのである。(岩波文庫「ツァラストゥラはこう語った」pp.170-171、一部訳を改変)

このように出典にあたると、名言がまた違った形で見えてきますね。名言にはもう少し出典を詳しく書いてあるといいのに、と思った経験でした。 

ツァラトゥストラはこう言った 上 (岩波文庫 青 639-2)

ツァラトゥストラはこう言った 上 (岩波文庫 青 639-2)

 

 (おわり)