「カフェ」を考えてみたい、という話
唐突ですが「カフェを考える」というカテゴリーを作りました。街中のおしゃれなカフェを巡って紹介したり、自分がカフェを開くならこうする…とかそういう話ではなく、カフェという「場」のもつ思想を検討していこうと思います。
かつて西洋のカフェは、文学や新聞の感想、政治談議などを見ず知らずの人々が自由に、身分の差を超えて議論することができた場でした。そこから様々なクラブやサークルが生まれ、中には政治的な結社も生まれるなどして市民の公共性や民主主義の発展を促したとされています。
最近、〇〇カフェというイベントが徐々に増えています(かくいう私も「哲学カフェ」を主催する一人です)が、この種のイベントでは「カフェでお茶を飲むように気軽な雰囲気で話をしよう」というような説明がされます。学術的な性格を持ったイベントでも、〇〇カフェでは講師が一方的に話をするような形態ではなく、参加者側と主催者側が双方向的に、自由に話ができるような場所が多いです。このような〇〇カフェは、日常の人間関係を離れ、対等な場で様々なことを話し合う場としての「カフェ」の歴史的経緯や、やや大げさに言えば理念を踏まえたものだといえると思います。
「カフェを考える」ではこのようなカフェの性格をゆっくりと検討していこうと思います。しばらくはカフェに関係する書籍の感想がメインになると思いますが、まとまった考察なども今後できれば良いなと考えています…という宣言でした。
- 作者: ユルゲンハーバーマス,Jurgen Habermas,細谷貞雄,山田正行
- 出版社/メーカー: 未来社
- 発売日: 1994/06
- メディア: 単行本
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↑例えば「公共性の構造転換」。第二章ではカフェなどで生まれたサークルについて取り上げられています。
(おわり)