ICPIC2022体験記その3:メイン・カンファレンス2日目

ICPICメインカンファレンス2日目の振り返りです。過去の記事はこちらから。

Keynote2

中岡成文氏「子どもとはだれ?哲学対話とはなに?」

2日目は中岡さんの基調講演から開始。自分の中の「こども」に焦点を当てる内容で、この後の他のセッションでも海外の発表者が度々言及していたことを覚えている。

Session5:Room E

この時間帯は興味深いプログラムばかりで目移りした。是非他のプログラムの様子も知りたいところ。

タイトル:Paulo Freire revisited: Critical and creative dialogue with Walter Omar Kohan

発表者:Kei, Nishiyama (Doshisha University), Kohan, Walter ( the State University of Rio de Janeiro), Rose-Anne
Reynolds (University of Cape Town), Yohsuke, Tsuchiya (Kaichi International University), Minori Goto
(The University of Tokyo), Rei Nagai (St Sophia University), Arie Kizel (University of Haifa), Maria
Teresa de la Garza (The National University of Mexico)

Kohanさんがパウロフレイレについて書いた新刊についての書評会的なシンポジウム。

フレイレの『被抑圧者の教育学』に自分は強く影響を受けているので、このセッションはとても楽しみにしていた。『被抑圧者の教育学』には「こども」の話はほぼ出てこないにも関わらず、Kohanさんが本に「Childhood」のチャプターを設けていることはとても興味深い。どのようにフレイレの思想とp4cを結びつけているのか、当日はあまり時間がなく十分に語られてないように思えたので、ぜひ本を読んでみたいと思った。(とりあえず本は注文した)

各コメンテーターの問いも非常に興味深かったが、新自由主義的な社会と教育に関する土屋さんのコメントは私も共感する部分が大きかった。従来の預金型教育とは異なり、近年の教育は「主体的に考えよ」「探究せよ」「対話せよ」と迫っているが、また別の抑圧の形をとっているのではないかということだ。

企業においてもワークショップやファシリテーションの技術、心理的安全性や対話の文化が「生産性をあげる」ために取り入れられている。牧野智和氏は『ファシリテーションとは何か』の中でこの流行について考察しており、現代の資本主義では「反省性」すらも(フーコー的な意味で)「統治」の対象になっていると指摘している。フレイレは抑圧者が自らの文化やリアリティを被抑圧者に押し付けることを「文化侵略」として支配の一形態と位置付けたが、本来はそれに対抗するものであった「対話」や「探究」が、新自由主義的な社会では文化侵略のツールとなりうることについてもっと自覚的でありたいと私は思う。

『被抑圧者の教育学』について、里見実さんのこちらの本もとてもおすすめなのでついでに紹介しておく。

Session6:Room D

タイトル:セクシュアリティ教育における哲学対話:西宮市立上甲子園中学校での実践
から
発表者:大矢莉代(西宮市立上甲子園中学校)、井倉幸起(西宮市立上甲子園中学校)、堀越耀介(東京大学大学院)、柏木睦月(東京大学大学院)

日本語で発表を聞いた数少ないプログラムの一つ。昼食が長引いてしまったので途中からの参加になってしまった。重要な取り組み事例だと思うし、努力されている先生方は尊敬する。その上で率直に書けば、学校というシステムの中で性的マイノリティに関わる「対話」をすることの危うさについて私はどうしても気になる。差別の問題について取り組まなくてはならないのは常に社会の側であり、私としてはそちらの取り組みに注力したいと思う。なお少し話はずれるが、日本で「性教育」を行うことのさまざまな制約については今回初めて詳しく聞くことができ、なんとも暗い気持ちになった。

Session7:Room H

タイトル:Learning to Listen, Asking the Children: Moral Issues in P4/WC
発表者:Kanako W. Ide (Soka University & University of Maryland)

P4/WCが教師と生徒のパワーバランスを克服できるか、特にマイノリティの声を聞くことに関する問題を扱った論考。先行研究がかなり紹介されており、自分は内容をフォローできていないためあまり理解できなかったが、重要な内容であったように思う。P4/WCの研究分野がここまで蓄積されていることについての驚きもあった。海外の論文もこの機会に読んでみたいと思えた。

タイトル:The power of caring in a community of inquiry
発表者:Masamichi Nakagawa (Kobe University Secondary School)

中川さんの発表。対話において「〇〇さん(名前)が言ったように…」など、名前の言及があることがケア的であることの表れだという主張は以前にも何度か聞いたような気がする。対話における名前の役割についてはもっと考えてみたいところ。

タイトル:Are we ready to listen to children?
発表者:Marcílio Provazi Pesci Filho - NICA-UAc, Daylane Soares Diniz - NICA-UAc, Ricardo Lino Silva Lopes Frias - NICA-Uac

この発表に興味がありこの部屋に入ったが、1日目の"Children's right to participation"と同様に、「こどもの声をいかに真剣に受け取るか」ということやこどもの政治参加への問題意識からp4cを論じるものだった。

この発表はとにかくプレゼンが面白かった。何が面白かったかというと、この部屋でそれまで交わされた言葉(発表や質疑)を参照していくような形でプレゼンが行われていたことだ。途中で撮影のためにスタッフが入室したことについても「listen」をめぐる考察の事例としてアドリブで言及しており、単純にすごいなと思った。しかし(おそらくアドリブのせいで)スライドが半分ぐらいで時間切れになってしまった(笑)残念だが心に残る発表だった。

Session8:Room D

タイトル:10 Years of Innovation at the University of Hawaiʻi at Mānoa Uehiro Academy for Philosophy and Ethics in Education
発表者:Thomas Jackson (University of Hawaiʻi at Mānoa) Benjamin Lukey (University of Hawaiʻi at Mānoa)Amber Makaiau (University of Hawaiʻi at Mānoa) Chad Miller (University of Hawaiʻi at Mānoa)Thomas Yos (University of Hawaiʻi at Mānoa)

ハワイのp4cの取り組みについて総括的に振り返るシンポジウム。かなり多くの方が参加していたので報告は別の方に任せることにする…

(おわり)