「てつさんぽ」開催記録

先日「てつさんぽ」というワークショップを開催したので記録を残そうと思う。
このワークショップはピーター・ハーテロー氏が考案した「哲学ウォーク」をベースにしたもので、いくつかのアレンジを加えてある。

ハーテロー氏が日本で実施した哲学ウォークについて書いた論文はこちら。

哲学ウォークは「哲学者の言葉からの引用文をくじで引く」ということでおなじみになっている感があるが、この論文を読むとわかるように、はじめはハーテロー氏は引用文を用いていなかったようだ。

かつて私が哲学ウォークを始めたときは,こうした引用文を手に取る方法は用いませんでしたが,それはあまり満足のいくものではありませんでした。というのは,こうした引用文を使用しない哲学ウォークは,しばしば参加者がその場所に対して自分の考えをただただ提示するという,哲学的な内容に欠けたものとなってしまったからです。そのようなウォークはほとんどコーチング・セッションやセラピーのようなもので,私の意図とはかなり異なるものでした。
これに加えて個別的なコンサルティングの場合も引用文は用いられないという。ハーテロー氏のいう「哲学的な内容」がこの場合何を指すのかについてはこの論文では明言はされていないが、引用文を与えられた参加者は「その背後にある最も重要なコンセプト(概念)を探し出す」ことが求められているため、概念化(conceptualization)が重視されているだろうと思われる。引用文にマッチする風景をただ見つけるだけでは不十分で、概念化という作業を通じた自分自身との対話(inner dialogue)が必要だということかもしれない。
 
今回の「てつさんぽ」は引用文を使用しない形式で行なってみた。引用文の代わりに共通の「問い」を設定しても成り立つのかということを確認するためだ。また、もう一つの狙いとして最後のディスカッションの効果を確認するというものがあった。ハーテローのやり方では最後にディスカッションによってコンセプト間のつながりや「ナラティブの抽象化」が意図されているが、これまで参加したものや私が過去に開催したものでは時間の都合上その部分が省略されがちだったため、よい良い形がないか検討したいという思いがあった。

当日の様子

今回は京都市の大宮交通公園をコースに選び、問いを「自然との共生とは何か?」にした。*1「自然との共生」は大宮交通公園のキーワードにもなっている。
当日の参加者には問いに対してのコンセプトを考えてもらい、それに合う風景を探してもらった。その他の基本的な流れは哲学ウォークと同じで、コースを歩く際は無言で歩き、風景とコンセプトの発表後は他の参加者に質問をしてもらう。発表者はその質問の中から最も考えたいものを一つ選び、残りの散策ではその質問について考える。
参加者から発表されたコンセプトと風景は次のようなもので、それぞれ興味深かった。

「食うか食われるか」

「ノスタルジー

「いま」

「進化」

「不自然」

「不可逆」
コースの散策後、他の参加者からの質問に対して考えたことを発表し、最後にディスカッションの時間をとった。今回は共通の「問い」を設定していることから、問いに対する「答え」を共同で作ることを試みた。具体的には参加者の出したコンセプトを全て使用し、全員が合意できるセンテンスを考える作業を行なった。この過程によって一人で考えた個別のコンセプト同士のつながりについて考え、共同で探究することにつながるのではないかという意図があった。残念ながら時間が十分取れなかったため途中で終わってしまうことになったが、ディスカッションの中では、以下のようにいくつかの文章が完成した。
・自然との共生とは、進化を受け入れることで可能になるが、それは退化ともよべるものである。
・自然との共生にはノスタルジーの感情が関わる。それは昔といまの相違から生まれるが、不可逆な状態を元に戻そうとする人間の行為は不自然なものとなる。
・自然との共生は食うか食われるかという関係であるが、それは食いつつ食われるという(相互的な)関係でもある。

やってみて

今回は哲学者の名言を用いなかったが、「コンセプトをつくる」という認識がしっかりと共有されていれば、テーマや問いを設定するだけでも十分に成り立つのではと感じた。哲学者の言葉を用いることのメリットは確かにあるが、状況によっては準備しづらい場合もありそうなので、今回のやり方は今後の参考にできるように思う。

最後のディスカッションについては哲学カフェのようにオープンな議論によってコンセプト同士のつながりを検討することも考えたが、今回のように共同で答えを作る作業をした方が、それまでの内面の対話(inner dialogue)から他者との対話 (outer dialogue)に明確に切り替わるプロセスとして有効であるように感じた。今回の実施時間は合計で2時間だったが、次回はもう少し時間を伸ばしてディスカッションをじっくり行なってみたい。

(おわり)

*1:公園内でイベントを実施する際は申請が必要な場合があるので、事前に公園側に問い合わせをしておいた方がよい。