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はれ ときどき てつがく。

日常のスパイスに、哲学を少々。

日本最古の現存カフェ「カフェーパウリスタ」に行ってみた

 先日東京に行った際に、「カフェと日本人」で紹介されていた「カフェーパウリスタ」に行ってきました。 

hare-tetsu.hatenablog.com

 

お店は銀座にあり、新橋駅から徒歩で約5分ほどの距離です。以下画像で紹介します。

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お店の外観はこんな感じ。
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こんな掲示も。明治44年創業だそうです。
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お店の内装。レトロです。ちなみに椅子は自由に動かせます。
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「森のコーヒー」。しっかりした味わいでした。
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現在のパウリスタは1970年にできた店舗らしいですが、昔の店舗(銀座6丁目)ができた当時は朝日新聞電通本社などに近かったことから多くの人々が集まる場として栄え、芥川龍之介森鴎外など著名人も足繁く通ったそうです。現在の店舗もジョンレノンとオノヨーコが来日時に通ったことで有名です。

また「銀ブラ」という言葉は「銀座をブラブラする」ことではなく、慶應義塾大学の学生が「銀座のカフェパウリスタまで歩き、ブラジルコーヒーを飲む」という意味で用いたとする説もあるそうです。(若干怪しいですが…)

いずれにせよ、当時の文化の一端に触れたような気分になりました。

(おわり)

カフェーとAKB:「カフェと日本人」

「カフェを考える」シリーズ、まずは日本のカフェの歴史を知ろうとカフェと日本人を手に取りました。この本では日本におけるカフェの歴史や、日本ならではのカフェの特徴などが取り上げられています。コーヒーにまつわる知識なども得られて読み物としても面白いです。取り上げられたカフェに行ってみたくなります。

以下、気になったポイントをピックアップ(羅列)しておきます。

 ・コーヒーの発見と普及には諸説あるが、エチオピアのカルディというヤギ飼いの若者が、ヤギを追ううちに偶然コーヒーの実を見つけて食べた「カルディ伝説」が最も有名だ。時期ははっきりしないが六世紀ごろといわれている。

 ・実在が確認されている日本で最初のカフェは、1888( 明治21) 年、東京・下谷区西黒門町( 現在の台東区上野)に開店した「可否茶館」といわれる( 読み方はかひちゃかん、かうひいちゃかん、など諸説あり)。店内にはトランプやクリケット、ビリヤード、碁や将棋などの娯楽品が置かれ、国内外の新聞や書籍も揃え、化粧室やシャワー室まであったという。店の経営者は鄭永慶という名前で(日本人)イエール大学に留学していたエリート。彼はこの店を「コーヒーを飲みながら知識を吸収し、文化交流をする場」と考えた。 当初は学校設立をめざしたものの、 資金不足でカフェになったともいう。(この店は4年で閉店した)
 
 ・現存する日本最古のカフェは1911(明治44)年創業の「カフェー・パウリスタ」。現在は銀座に店舗がある。

www.paulista.co.jp

・現在の日本国内のカフェの店舗数は、70,454店(2012年)。最盛期の154,630店(1981年)の半数以下に落ち込んだが、それでも2014年のコンビニの数(5万超)を上回る。

・元々カフェや喫茶店は「人と人が出会い交流する場」であった。これは男女の出会いにも通じるので、明治・大正時代から若い女性給仕(女給)が接客を行い、それを目当てに男性客が通う店があった。一部の店では女給を赤・紫・青組の3組に分け、ビールの売り上げを競わせたり、ビール一瓶を投票権にして女給の人気投票を実施したりした。これは現在におけるAKB48の商法と変わらない。
 
 ・日本の喫茶店は当時「カフェー」とよばれ、現在の「カフェ」とあまり変わらない意味で使われていたが、大正から昭和初期にかけて上記のような女給のサービスを売りにする店舗とあくまでコーヒーや軽食を主体にする店に分かれていく。前者は変わらず「カフェー」とよばれ、現在のキャバクラのような位置付けとなっていき、後者は「喫茶店」とよばれるようになる。つまりカフェーは、誕生後しばらくは現在のカフェと変わらない意味合いだったが、やがて風俗店の性格を帯び、喫茶店と別れて隆盛を誇った後に徐々に消滅する。
 
・現在「 カフェ」という言葉は、店だけを示すものではなく、交流場所のような意味 でも頻繁に使われる。「 × × カフェ」と呼ぶシンポジウムやトークショーがその一例だ が、今後は、より一層そうした用い方がされるはず。それとともに交流の仕方も多様化するだろう。
 

今度東京に行ったらカフェー・パウリスタに行ってみたいと思いました。 

カフェと日本人 (講談社現代新書)

カフェと日本人 (講談社現代新書)

 

 (おわり)

「カフェ」を考えてみたい、という話

唐突ですが「カフェを考える」というカテゴリーを作りました。街中のおしゃれなカフェを巡って紹介したり、自分がカフェを開くならこうする…とかそういう話ではなく、カフェという「場」のもつ思想を検討していこうと思います。

かつて西洋のカフェは、文学や新聞の感想、政治談議などを見ず知らずの人々が自由に、身分の差を超えて議論することができた場でした。そこから様々なクラブやサークルが生まれ、中には政治的な結社も生まれるなどして市民の公共性や民主主義の発展を促したとされています。

最近、〇〇カフェというイベントが徐々に増えています(かくいう私も「哲学カフェ」を主催する一人です)が、この種のイベントでは「カフェでお茶を飲むように気軽な雰囲気で話をしよう」というような説明がされます。学術的な性格を持ったイベントでも、〇〇カフェでは講師が一方的に話をするような形態ではなく、参加者側と主催者側が双方向的に、自由に話ができるような場所が多いです。このような〇〇カフェは、日常の人間関係を離れ、対等な場で様々なことを話し合う場としての「カフェ」の歴史的経緯や、やや大げさに言えば理念を踏まえたものだといえると思います。

「カフェを考える」ではこのようなカフェの性格をゆっくりと検討していこうと思います。しばらくはカフェに関係する書籍の感想がメインになると思いますが、まとまった考察なども今後できれば良いなと考えています…という宣言でした。

公共性の構造転換―市民社会の一カテゴリーについての探究

公共性の構造転換―市民社会の一カテゴリーについての探究

 

↑例えば「公共性の構造転換」。第二章ではカフェなどで生まれたサークルについて取り上げられています。

 (おわり)

言葉に織り込まれるもの:「翻訳できない世界のことば」

前から気になっていた「翻訳できない世界のことば」を先日見つけたので購入。この本は「Apple=りんご」のように、一対一で翻訳できない世界のことばを集めたものです。絵本形式のようになっていて、30分もあれば全て読めてしまうぐらいの分量ですが、興味深かったです。

いくつか例をあげると、「FIKA」という短いスウェーデン語には「日々の仕事の手を休め、おしゃべりしたり休憩したりするためにカフェや家に集うこと」という意味があるそうです。イヌイット語の「IKTSUARPOK」は「誰かが来ているのではないかと期待して、何度も何度も外に出て見てみること」という意味。日本語からも「木漏れ日」や「侘び寂び」などが取り上げられています。(「積ん読」が入っていたのには驚きましたが…)

これらの言葉からは背景にある文化が透けて見えます。スウェーデンでは「FIKA」が好まれるほど休息やおしゃべりを大事にする文化が(きっと)あるのでしょうし、イヌイットにおいては「IKTSUARPOK」してしまうほど他者の来訪は珍しく、喜ばしいものであったのではないかと思います。一つ一つの言葉には、話者たちが積み重ねてきた文化が織り込まれているのではないでしょうか。

そのように考えると、「Apple=りんご」(本書に出てくる例)であっても両者は厳密には一対一対応しないのではないか、とも思います。例えばアメリカでは「Apple pie」は日本人にとっての味噌汁同様に「おふくろの味」を連想させる料理だそうです。アメリカの方が「Apple」と口に出すとき、見かけの対象は同じでも、その言葉に織り込まれたものは日本語の「りんご」のそれとはやはり微妙に異なるのではないでしょうか。もっと言えば同じ日本語を話す人同士、それがたとえ同世代の人であっても、ひとつひとつの言葉に織り込まれているものはそれぞれ違うのだろうな、と考えさせられる一冊でした。

ところで本書では「翻訳できない言葉」は「一対一対応できない」という意味で使われていますが、「どれだけ言葉を尽くしても、その言語ではうまく表現できない」言葉というのもあるのではないでしょうか。本書で後者の意味に近い言葉と感じたのは、ズールー語の「UBUNTU」でした。今ではOSの名前にもなっているこの言葉、文中の説明では「本来は『あなたの中に私は私の価値を見出し、私の中にあなたはあなたの価値を見出す』という意味で『人のやさしさ』を表す」となっており、やや歯切れ悪い翻訳に感じられました。「UBUNTU」という言葉にはもっと豊かなものが織り込まれている、ということを逆に表しているのかもしれません。

翻訳できない世界のことば

翻訳できない世界のことば

 

 (おわり)

名言にはもう少し出典を詳しく書いてほしい、という話

先日、ニーチェの以下の名言を英訳してほしいという依頼を受けました。

「人生は登ろうとする。登りながら自己を克服しようとするのである。」

自分は翻訳家ではないので、ニーチェの英語訳を参照しようと思って該当箇所を探したのですが、なかなか見つかりません。

ネットでこの文言を検索すると結構な数が出てくるのですが、出典の情報はわずかで、かろうじて「ツァラトゥストラはこう語った」の第二部に出てくることがわかるのみです。(原書の該当ページなどは出てくるのですが、自分の持っている版とは違うものだったり…)その後色々検索し、日本語訳も見てようやく該当部分を発見することができました。

そもそも名言の出典を探している人がどれほどいるのかはわかりませんが、みなさんが同じ苦労をすることのないように以下にまとめておきます!

◆人生は登ろうとする。登りながら自己を克服しようとするのである。

こちらは「ツァラトゥストラはこう語った」第二部、「毒ぐもタランテラ」の中に出てくる文です。岩波文庫の氷上訳だと、171ページが該当箇所です。

ドイツ語の原文だと「Steigen das Leben und steigend sich überwinden.」

英語に訳すと「Life wants to climb and to overcome itself climbing.」

自分は「毒ぐもタランテラ」を読んだことがあるくせにこの文の存在を思い出せませんでした…改めて読み返してみると、この章ではツァラストゥラが平等や正義を唱えるものを毒ぐもになぞらえ、その裏に復讐心が潜んでいることを批判しています。ツァラストゥラは不平等と争いの中で自己が高められていくことを以下のように説いています。

また、人間は平等になるべきでもない!かりに、私がそう言わないとすれば、わたしの超人への愛は、一体なんだろう?

人間は百千の大きな橋、小さな橋を渡って、未来に押し寄せて行くべきなのだ。こうしてますます多くの争いと不平等が、かれらのあいだに起こらなければならない。このことをわたしにあえて語らせるのは、わたしの大いなる愛である!

人間は相互の敵意の中で、様々な影像と幻影の発明者とならなければならない。そして、それぞれの影像と幻影をもって、いよいよはげしく敵対し、最高の戦いを戦わなければならない。

善悪、貧富、貴賎、その他もろもろの価値の名称。それらは武器であるべきなのだ。人生がたえず自己自身を克服して高まらなければならないことを示す戦場の標識であるべきなのだ。

人生そのものが、柱をたて、階段をつくって、自己自身を高く築きあげようとする。人生は、はるかな遠方を眺め、至福の美を望み見ようとする。ーそのために、人生は高みを必要とするのである。

高みを必要とするから、人生は階段を必要とし、階段とそれを登って行く者の相克を必要とする。人生は登ろうとする。登りながら自己を克服しようとするのである。(岩波文庫「ツァラストゥラはこう語った」pp.170-171、一部訳を改変)

このように出典にあたると、名言がまた違った形で見えてきますね。名言にはもう少し出典を詳しく書いてあるといいのに、と思った経験でした。 

ツァラトゥストラはこう言った 上 (岩波文庫 青 639-2)

ツァラトゥストラはこう言った 上 (岩波文庫 青 639-2)

 

 (おわり)

ハビトゥスを歌うー山内志朗「小さな倫理学入門」

今日は山内志郎さんの「小さな倫理学入門」を紹介します。

 山内さんの本は学生時代にぎりぎり合格への論文マニュアル (平凡社新書)を読んだだけで、面白い人だなという印象しかなかったのですが(失礼。でもこの本は本当に面白かったです!)倫理学入門が出たということで読んでみました。

題名どおりサイズも非常に小さく、寝る前に読むのにちょうどいい本なのですが、その中でも随所で山内の中心的な考え方である「ハビトゥス」が取り上げられているので、少し紹介します。(山内のいう「ハビトゥス」は中世のスコラ哲学に由来すると思われます)

山内はハビトゥスを「己を或る状態に保ち続け、それが反復によって自然本性に近い状態となり、苦労しなくても現実に行動に移すことができ、それが安定した能力として定着していること(p.39)」であるといいます。その意味で、ハビトゥスは日本語で「習慣」と訳される以上の意味、例えば日本語や英語を話すことや、自転車に乗ったり泳いだりすることも含まれます。そして山内は「感情」もハビトゥスの一種であり、何度も経験され反復されなければ身につかないものだと指摘します。

私は、山内のこの説明には共感します。怒りや悲しみなど、苦労しなくても自然に身についている(と思える)ような感情もありますが、子どもの時にはあまり抱かなかった感情が大人になって自然なものとして湧いてくる、ということがあります。

例えば、「おめでとう」という祝福の感情。自分を振り返ると、小さな頃は他人の幸せや、いろいろな催事を祝福するという感情を心からは抱いていなかったように思えます。それが大人をまねて「おめでとう」と言い、繰り返し反復することで、なにか「おめでたい」というような感情が湧いてくるようになりました。この変化は発達の段階として捉えることもできますが、山内のいうようなハビトゥスの獲得としてみることもできるのではと思います。そうであれば、ハビトゥスは非常に広い概念であり、山内が「私が倫理学で語りたいことと言えば、ハビトゥスに始まりハビトゥスに終わります(p.39)」というのもあながち言い過ぎでないような気がします。

(おわり)

追記:山内さんのインタビューが最近ネットにアップされていましたので参考に。

http://philosophy-zoo.com/archives/5180

哲学に上から目線はないー野矢茂樹「哲学な日々」

自分が影響を受けた日本の哲学者をあげろと言われたら、私はまず野矢茂樹を選ぶと思います。彼の本はありきたりな感想ですがどれも面白く、おすすめです。

野矢といえば哲学の謎 (講談社現代新書)無限論の教室 (講談社現代新書)

が有名ですが、今回は最近出版されたこの本を紹介します。

哲学な日々 考えさせない時代に抗して

哲学な日々 考えさせない時代に抗して

 

 この本は短いエッセイを集めた形式となっているので、移動中でもさくさく読めます。エッセイのテーマは多岐にわたりますので全てを紹介することはできませんが、特に印象に残ったものを今回は紹介したいと思います。「歩みをこそ」というエッセイです。

哲学の歩みとは

人は、哲学に何を期待するのでしょう。哲学者の残した数々の名言を読んで、人生の糧にしたいと思う人もいるかもしれません。しかし、名言だけをもてはやすとしたら、「それは哲学ではなく、哲学の残りかすに過ぎない」と野矢は言います。

哲学の核心はその問題にある。いかに生きるべきか。どうすれば正しい知識を得られるのか。自我とは何か。私は自由なのか。自由とはどういう意味なのか。いまだ正解と呼べるものは見出されていない。誰もが答えの途上にある。抱え込んだ問いに揺さぶられつつ、次の一歩を探り当てようとしている。問いの緊張に射抜かれていない言葉は、哲学ではない。 

(中略)だから、高みから語られる余裕の言葉など、哲学に期待しないでほしい。哲学者たちは、いくらでも踏みまちがう可能性のある未踏の地を、一歩ずつ探りながら進もうとしている。その歩みをこそ、見届けてほしい。(「47.歩みをこそ」より)

私は、野矢のこの記述に強く共感します。哲学の問題を考えるというのは迷いながら一歩一歩を踏みしめることであり、時に道を踏み外したり、道を間違えて引き返したりすることでもあります。その人自身も通ったことのない道で、かつ地図もないのであれば、他の人に正しい道を教えることなどできるはずがありません。

別の言葉でいえば、哲学に「上から目線」はないということかもしれません。哲学者ができるのは、ただ迷う姿を見せるのみです。「そこに行ったら道を間違えるぞ」ということはできるかもしれませんが、彼は人一倍迷っているだけであって、別に偉いわけではありません。そもそも彼も正しい道を知らないのですから。

(おわり)