考えたこと

京都の廃村でカレーの精霊になった話

昨年のことになりますが、「大見新村プロジェクト」が開催する「ニューまつり」に参加してきました。このプロジェクトは京都の廃村状態となった地で「新しい村」を作ろうとする試みです。 oomi-shinson.net 村では「ニューまつり」というお祭りが年1回開かれ…

わたしはひとり でもあなたとふたり:苫野一徳『愛』

「南区DIY読書会」という集まりで愛 (講談社現代新書)の感想を発表したので加筆して掲載します。読書会主催のカサ・ルーデンスの情報はこちらから。 苫野一徳『愛』感想 「そこに愛はあるのか?」某CMではないが、こう問われると一瞬考えてしまう。 自分では…

哲学対話とマジョリティについて

いつからか、「自分には見えないものがたくさんある」と思うようになった。 例えば差別を受けてきた人や、様々な困難とともにある人から聞く体験が、表面上は理解できても、リアルに感じられないことがある。自分の何気ない発言が、知らずのうちに誰かを傷つ…

WS「哲学を因数分解する」レポート

8/24・25で東京にて開催された「哲学プラクティス連絡会」で、「哲学を因数分解する」というワークショップを行った。かなり遅くなってしまったが、当日のレポートを書きたいと思う。ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。 趣旨 以下が事前の告知…

知と愛に関する探究メモ(南区DIY読書会より)

以下、「南区DIY読書会」という集まりで発表した文章を転載する。(一部加筆修正あり)主催のカサ・ルーデンスの情報はこちらから。 www.facebook.com この読書会は各自が関心のある本を読んできて発表する形式をとっていて、僕は現在『ソウル・ハンターズ』…

手放せ、死ね、甦れ!〜「死の練習」としての哲学?〜

哲学する、というのは結局どういうことなのだろうか。哲学カフェなどなまじ「哲学」の名のつく活動をしているばかりに、「哲学って何することなんですか?」という質問をこれまで幾度となく受けてきた。いまでは「自分が当たり前だと思っていたことを立ち止…

ひとの「余白」を奪うな

Lexicon 現代人類学を読みはじめたのだが、2章の「レヴィ=ストロースの構造主義」の記述にさっそく目が止まった。筆者の出口氏は、レヴィ=ストロースは『神話論理』において「神話を語り伝えることで新世界先住民が培うモラルと同調すること」を目指してい…

びわ湖に浮かぶ沖島で「哲学ツーリズム」の練習をしてきた(後編)

沖島での「哲学ツーリズム」練習、前編はこちらから。 沖島を散策 沖島についたので島をぐるっと回ってみました。こんな様子。 郵便局がありました。めっちゃ普通です。 沖島には「ケンケン山」という山があります。低い山っぽいので登ってみることに。山道…

びわ湖に浮かぶ沖島で「哲学ツーリズム」の練習をしてきた(前編)

旅と哲学を組み合わせた「哲学ツーリズム」について、以前の記事で書きました。 この具体的なやり方について、しばらくぼんやりと検討を続けていたのですが、まずは試してみるのが一番早いと思い立ち、近場で一度やってみることにしました。 今回行き先とし…